調査研究報告
群馬における職場ストレスとうつ状態に関する疫学調査-リーマンショック後の変化-
主任研究者 埼玉大学教育学部教授 竹内一夫
共同研究者 群馬大学大学院保健学研究科教授 椎原康史
前・群馬大学医学部保健学科講師 松岡治子
京都府立医科大学准教授 浅野弘明
群馬産業保健推進センター所長 真下延男
埼玉医科大学講師 太田晶子
はじめに
1997-98年にかけて自殺者の急激な増加(3万人突破)が見られ、これを受け98年秋、群馬産業保健推進センターの調査研究として、 NIOSH(米国労働安全研究所)の仕事ストレスモデルに基づく職場メンタルヘルス調査を群馬県下で実施した。その後10年を経て、2008年末に同じ企業の約1,000名の労働者を対象に、ほぼ同じ内容の職場メンタルヘルス調査を実施し、中高年層の各種指標の悪化を報告したが、今回は、さらにその3年後の結果を報告する。
対象と方法
過去2回、調査実施をした4つの事業所(A社:家電製造、B社:電気・通信関係、C社:自動車部品製造、D社:造園・土木関係;それぞれ従業員数 200-2,000名の中-大規模事業所)に対して、担当部署を通して調査協力依頼を書面で行い、労働組合を含めた同意を得た上で質問紙調査を実施した。前回2008年調査で使用された質問票をベースに、NIOSH仕事ストレスモデル調査項目とテキサス大学方式診断的抑うつ評価尺度 DSD項目を中心に質問紙を構成した。また、2012年3月に上記質問紙調査の結果概要について、対象事業所を訪問し、中心に聞き取り調査(インタビュー)を行った。聞き取りの対象は、当該事業所の、今回調査の窓口となった衛生管理者や総務・人事担当者や産業医である。年度間の比較における統計学的検定にはIBM-SPSS Ver20.0Jを使用したが、一部はRを用い た青木のプログラムを使用した。
結果
今回の質問紙調査対象750名の内、736名から回答を得た(回収率 98.1%)。
この内で性,年齢について漏れなく回答 のあった 689名(男性579名、女性 110 名)を有効回答者とした(有効回答率91.9%)。
標本数の関係から、以下の比較は、60歳未満の男性のみを対象とした。性、年齢について漏れなく回答のあったのは、1998年680人,2008年692人,今回2011年568人である。以下、主な 測定変数について集計した結果を示す。コホートデザインではなく定点観測であり、1998年、2008年、今回2011年のデータ間で背景となる年齢や婚姻状況などの属性が少し異なるものの;
1) 高年齢層(40才台、50才台)の自覚的 健康度がさらに低下し、ストレスの感じ方が急増している。短期的な面では(過去1カ月、1年間のストレスの感じ方等)中高年と同時に30才未満も悪化の兆しがあり(図1)、長期的な意味合いを含む面では(うつ状態)50才台から40才台へ シフトして来ている可能性がある(図2)。
2) 仕事ストレスは量的には30才台以外で悪化、将来不明確は40才台と30才未満で悪化、裁量度は中高年で悪化している(図3)。
3) 離職念慮は、40才台と30才未満で増加している。特に若い世代で顕著である(図4)。
4) ソーシャルサポートにおいては上司や 同僚からのサポートが若年層ではむしろ増加しており、特に30才台で顕著である。
5) 聞き取り調査では上記質問紙調査結果の妥当性について肯定的な回答が多かった。
考察
98年調査は前年の金融不安恐慌後の、08年はリーマンショック直後の影響を結果的に反映しており、今回11年はその後の緩やかな回復を反映するはずであったが、調査実施を進めている最中に大震災、円高等が発生したため、意図しなかったことではあるが、その影響が提示される結果となった。今回の結果を一言で要約すれば、中高年齢層のメンタルヘルス悪化はさらに進んでおり、かつ、若い世代への影響も出始めている、ということである。例えば、中高年男性労働者に対しては裁量度を回復させる等、若年男性労働者に対しては離職させないための職場の環境作りなど、年代ごとのサポートを検討する必要があると思われる。女性労働者については別途調査を計画している。いずれにせよ「メンタルヘルス対策支援センター」といった公的サポートの積極的な利用が今後とも重要と思われる。
(最後にこのような過酷な状況下で調査に協力してくださった参加者の皆様に謝意を表します。)
*なお、調査企画後の2011年3月に発生した東日本大震災とその後の円高やタイ洪水の影響のため、2011年度調査データは2012年1-2月時点で採取されている.